嫌な予感

 政権交代に伴う興奮状態のせいかもしれませんが、少数派切捨て、多数決万能といった匂いがまた漂ってきました。前原・進歩しねーなおめえも・国交相の「マニュフェストに書いてあるから中止です」発言に見られるように、代議制民主主義の意義がわかっていないのじゃないかという人がバッジをつけておられるようで、嫌な感じです。世論なんてマスコミのあおりでいかようにも風向きは変わります。だから選良の皆様による議論で、より妥当な結論を導いてもらわなければならないのです。

 4年前のコイズミ売国奴選挙の結果、絶対多数を握った自民党は暴虐の限りを尽くしました。国民は、それじゃ困るということで、参議院民主党を勝たせました。これで話し合いをせざるを得なくなる、ようやく議論が始まると思いましたが、政権奪取至上主義のオザワ民主党は妥協に応じず、福田康夫のやる気を奪い、麻生氏を追いつめ、自民党を屠りさりました。

 どっちも建設的議論をしていないようにみえます。

 憲法の勉強をしていると、政党は現代民主政に不可欠の装置として肯定的評価をされていますが、わたしはその評価に疑問を感じています。マニュフェストの作成過程は非公開ではないですか。一政党の政権公約が、国家の行為を束縛して当然だというのは傲慢なのではありませんか。本当は、多くの問題につき党議拘束無しで、自由討論・自由投票をしていただきたい、と思うのです。議論を尽くした挙句に、選良が自分の判断で、事の是非を判断する。これが代議制民主主義の基礎ではないでしょうか。

 従わない者をすべて「抵抗勢力」と切り捨てた、売国奴・子供に跡目をつがせたからおら知らねー・元総理の轍を民主党が踏まないことを祈っております。