学校で教えない漢字のこと

 文化審議会の漢字小委員会が常用漢字の見直しにより、それに付け加えようとした「淫」「呪」「艶」「賭」などに対して、教育現場から文句が出たそうだ。

 今まで「藤」さえも入れてなかったアホらしい常用漢字だから、本当にどうでもいいんだけど(ただ、税金がこんなところに使われているのには腹が立つだけ)、やはり一言、文句をいいたくなる。

 例示された「淫」「呪」「艶」「賭」について。これらの字を大人になって知らない、読めないとしたら不都合があると思うのは当然だが、それ以上に、これらの字がどのような文書の中で使われているのか、学校のセンセイたちはわかっているのかが疑問である。いいかえると、無教養なセンセイに教わる子供たちが心配である。

 「淫」の字は、論語などの古典において「市井の〜」という形容でも使われるほか、「〜に淫する」という使い方で、マニアックな嗜好を意味する場合がある。決して性的な「淫乱」だけを意味するわけではない(それに「淫乱」という言葉だって大切だと思う、小中学校で教えにくいことは認めるが)。

 「呪」も、古代や中世の文化・文明を学ぶときに、避けて通れない概念でしょ。流行の安倍晴明さえ読めないことになってしまうし。「しゅ」と読むんだけどね。ほかに「まじない」とも読めるし。「のろい」というのは、使い方のひとつにすぎないんだよ。それにしたって、いろんなファンタジーを楽しめるのは子供時代だよ。最近は20歳過ぎて、まだファンタジーしか読めないオトナコドモが多くなってきたけどね。

 「艶」。これなんか「つや」っぽいという日本語を滅ぼす気ですか、といいたくなる。おそらく妖艶という美輪明宏おじさんのイメージしか、想起できないんだろうけど。ちなみに、わたしの祖母は、お「艶」さんと申しました。

 最後に「賭」。なにも丁半バクチだけが「賭」じゃない。人生の「賭け」もあれば、「国運を賭す」という言い方もある。なにより刑法の「賭博罪」が、学校教育だけでは読めないことになる。これって問題でしょ。

 だからさ、常用漢字なんてさ、やめなって。ほんとに。