宅配便のエックス線検査

 少しは、試験勉強に関連したことも書こう。

 刑事訴訟法という受験科目があって、事例問題という形式で出題されることが多い。

 素材となるのは著名事件や最近(ここ数年)の事件だったりする。そんなわけで、この時期、いろんな判例を集中的に読む。下級審と呼ばれる地裁判決などは、この時期に読み込む。

 その中のひとつが、大阪地裁平成18年9月13日判決。

 事件の概要は、覚せい剤不法所持の捜査のため、捜査機関が令状によらず(捜索差押許可状の交付を裁判所から受けないまま)、かつ、荷送人・荷受人(被疑者)の承諾を得ずに、宅配便業者の承諾のみで、被疑者宛の荷物を短時間借り出した上で、内容物の射影を観察するためにこれをエックス線検査にかけた、というもの。

 結論は、プライバシー侵害の程度が小さいから強制処分にあたらないし、被疑者の嫌疑が他の事情から濃厚であり、薬物犯罪の捜査の密行性からいえば、かかる手法も任意捜査として必要かつ相当というもの。

 で、プライバシー侵害(制約)の度合いが小さいというのは、米子事件という有名事件が昔あって、銀行強盗に伴う緊急配備・検問の際に、捜査官が、相手の承諾無しに、停めた車内にあったボウリングバッグのジッパーをあけて中を確認したら札束があって、そこから逮捕に至った事件との比較において、ということ。なぜなら、この事件も任意処分として緊急性・必要性ゆえに相当とされたから。

 要するに勝手にかばんをあけて内容検査をしても、場合によれば(これが大事なんだけど)許されることがある。それと比べりゃエックス線検査したくらいじゃ、どうせ内容物はおぼろにしかわかんないし、プライバシー侵害っていったってたかが知れてるよ、という判決なわけです。

 受験生としては、とりあえす公権的判断は尊重します。

 でもねえ、銀行強盗の緊急検問のときに手でジッパーをあけるのと、覚せい剤の密行捜査中に、令状とらないで機械で中を確認するのって、どっちが不適切っていったら、後者だと思うよ。

 令状無しが許されるのは任意捜査だからだというけど、米子事件では、実質的には緊急性ゆえに相当だという判断がまずあって、緊急捜索なんてシャレた規定がないから(緊急逮捕はあるんだけど)、任意捜査としたんだと思う。

 この大阪の事件なんか、それだけ容疑が固まっていたんなら、素直に捜索令状をとるべきだったんじゃないのかなあ。緊急性はない、といえませんか。まあ、現場では空振りの危険性を考えてこっそりやったんだろうけど。

 それにしてもエックス線装置を準備して調べたわけでしょ、それって組織的な無令状捜査じゃない。いくらプライバシー侵害の度合いが小さいからって、警察の令状主義軽視の度合いは大きいよ。

 この事件も被疑者が暴力団覚せい剤の売人だったわけで、まあ「社会の敵」ですわな。だから、善良な一般市民はどうでもいいと思うのかもしれないけど。
 怖いのは、このあとこの前例が一人歩きをすることなのです。これからは、クロネコペリカンや飛脚の承諾があれば、勝手に荷物をエックス線で調べられても文句をいえないことになりかねませんぜ。しかも、緊急性要件なしに、ですぜ。

 令状呈示を要求する趣旨は、被処分者に対し執行内容を知らせることで、手続の公正を担保するとともに、不服申し立ての機会を与えることにあります。

 この国では捜査機関が勝手に荷物にエックス線照射しても、持ち主は文句をいえません。

 もっとも、私人が勝手にクジラの肉が入った宅配便を横領罪の立証のため持ち出すと、おまわりさんにつかまりますが。

 どう違うんだろ。任意捜査である限り、私人の捜査でも捜査機関でも変わらないのではないか。
 わたし自身はクジラ肉入り荷物を持ち出したのは犯罪だと思う。だから同様にエックス線検査も違法捜査だと思う。